オーナー企業では、配偶者や親族を役員にして所得を分散しているケースが多く見られます。ところが、その家族役員が「実際にはほとんど出社していないのに、書類上は常勤役員のまま」になっていることは珍しくありません。役員の社会保険の扱いは、報酬の金額ではなく「働き方の実態」で判断されるため、役職と就業実態を整理し直すだけで、世帯全体の社会保険料が適正な水準に収まる可能性があります。この記事では、常勤・非常勤の考え方と、実態を伴った見直しの進め方、そして形だけの変更に潜むリスクを解説します。
役員の社会保険は「報酬の金額」ではなく「働き方」で決まる
まず押さえておきたいのは、役員の社会保険(健康保険・厚生年金)の加入義務は、報酬がいくらかではなく、その役員が常勤に近い働き方をしているかどうかで判断される、という点です。極端に言えば、報酬が少なくても常勤として実質的に経営に従事していれば加入対象とされますし、逆に非常勤で経営への関与が限定的であれば、加入対象から外れる場合があります。
ここに、家族役員を見直す余地が生まれます。たとえば、次のような状況に心当たりはないでしょうか。
- 配偶者を役員にしているが、実際の業務は週に数回、数時間程度しかない
- 創業時の名残で親族が常勤役員のままだが、今は経営判断にほとんど関わっていない
- 家族役員の報酬に対して、会社と本人の双方が社会保険料を負担し続けている
働き方の実態がすでに非常勤に近いのであれば、役職・報酬・就業実態を整合させることで、社会保険料の負担を実態に見合った水準へ適正化できる可能性があります。逆に言えば、実態が常勤のままなのに肩書きだけを変えても意味はなく、後述するとおりリスクにもなります。
常勤と非常勤に明確な法律上の線引きはない
意外に思われるかもしれませんが、「常勤役員」と「非常勤役員」を分ける明確な法律上の定義は存在しません。だからこそ、社会保険の適用にあたっては、書類上の肩書きではなく就業の実態が見られることになります。
実務上の判断材料としては、一般に、正社員のおおむね4分の3未満の就業時間・就業日数が一つの目安として語られてきました。具体的には、次のような水準が参考にされることがあります。
| 項目 | 一般的な目安 |
|---|---|
| 1日の就業時間 | 6時間未満 |
| 1週間の就業日数 | 4日未満 |
| 1か月の就業日数 | 16日未満 |
ただし、役員の場合は労働者と違って「労働時間」だけでは測れない面があります。経営への関与の度合い、取締役会への出席状況、業務執行の権限、報酬の性質など、複数の要素から総合的に判断されるのが実情です。この目安の数字も含め、最新の取り扱いは年金事務所や社会保険労務士など専門家に確認されることをおすすめします。
「社会保険の扶養」と「税金の扶養」は別物と理解する
家族役員を非常勤にして社会保険の加入資格を外れると、その方は原則として国民健康保険と国民年金に加入することになります。ここで検討したいのが「扶養」の仕組みです。ただし、ひと口に扶養といっても、社会保険上の扶養と税金上の扶養はまったく別の制度で、基準も効果も異なります。
社会保険上の扶養
配偶者などを社会保険上の扶養に入れると、健康保険では「被扶養者」、国民年金では「第3号被保険者」として扱われ、その方自身の保険料負担が生じない形になります。被扶養者と認められるには収入の基準があり、一般に「年収130万円」といった水準が壁として知られてきました(年齢によって基準が異なる場合があります)。基準額や運用は制度改正の議論が続いている分野ですので、最新の金額は必ず専門家や年金事務所にご確認ください。
税金上の扶養
一方、税金上の扶養は、所得税・住民税の配偶者控除や扶養控除に関わる話です。こちらにも被扶養者側の収入基準があり、一般に「年収103万円」という水準が広く知られてきました。社会保険の基準とは金額も判定方法も別物であり、こちらも近年見直しの議論が続いているため、最新の基準は確認が必要です。
| 社会保険上の扶養 | 税金上の扶養 | |
|---|---|---|
| 効果 | 被扶養者本人の保険料負担がなくなる | 扶養する側の所得控除により税負担が軽くなる |
| 収入基準の例 | 一般に年収130万円前後が目安とされてきた | 一般に年収103万円前後が目安とされてきた |
| 判定するもの | 健康保険組合・年金事務所など | 税務署(確定申告・年末調整) |
つまり、非常勤化した家族役員の報酬を両方の基準に収まる水準に設計できれば、社会保険料も税金もかからない形で報酬を受け取れる可能性がある、というのが世帯設計の考え方です。
世帯単位で報酬の配分を見直すとどうなるか
具体的なイメージを、あくまで例え話として見てみましょう。夫が社長、妻が常勤役員という会社で、妻の実際の働き方はすでに非常勤に近いとします。このとき、妻を実態に合わせて非常勤役員とし、報酬を扶養の範囲内に引き下げ、その分を夫の報酬に上乗せする、という配分の見直しが考えられます。
・妻の報酬にも社会保険料が会社・本人の双方にかかる
・実際の働き方はすでに非常勤に近い
・報酬は扶養の範囲内に設定し、減額分は夫の報酬へ上乗せ
・妻は被扶養者となり、妻の分の社会保険料負担がなくなる可能性
この形にすると、世帯の収入合計はほぼ変えないまま、妻の報酬にかかっていた社会保険料の負担がなくなる分、世帯の手取りが増える可能性があります。夫の報酬が増えた分だけ所得税・住民税は上がりますが、一般に、社会保険料の削減効果のほうが上回るケースが多いと言われます。どの程度の効果になるかは報酬額や加入している制度によって大きく変わるため、実際の数字は専門家による試算が欠かせません。
また、妻の減額分を夫に上乗せせず、会社に残すという選択肢もあります。会社に残った資金は、たとえば将来の退職金の原資として計画的に積み立てるといった活用が考えられます。非常勤役員であっても、実態があれば退職金の支給は可能とされており、退職金には一般に退職所得控除などの税制上の配慮があります。この設計も含めて、税理士に相談しながら組み立てるのが良いでしょう。
形だけの変更はリスク。実態を伴わせることが大前提
ここまで読んで「では明日から非常勤ということにしよう」と考えるのは危険です。就業実態が変わっていないのに肩書きと報酬だけを変えると、年金事務所の調査などで社会保険の適用対象と判断され、遡って保険料を求められるリスクがあります。見直しを行うなら、次のような点をセットで整えることが大前提です。
- 出社日数・業務時間を実際に減らし、非常勤としての働き方に変える
- 役員変更について株主総会・取締役会の決議を行い、議事録を残す
- 報酬額を働き方の実態に見合った水準に改定する
- 業務内容や関与の範囲を整理し、説明できる状態にしておく
逆に言えば、実態がきちんと非常勤であれば、過度に恐れる必要はないとも言えます。大切なのは、「実態」「役職」「報酬」の3つが一直線に揃っていることです。どれか一つでもちぐはぐだと、社会保険でも税務でも指摘の入り口になり得ます。
家族役員の働き方は定期的に棚卸しする
会社の成長とともに、家族役員の役割は変わっていくものです。創業期にはフルタイムで経理も総務も担っていた配偶者が、体制が整った今はほとんど関与していない、というのはよくある話です。それにもかかわらず役職と報酬だけが昔のまま、という状態は、社会保険料の面でも税務の面でも「実態とのズレ」を抱えていることになります。
年に一度、役員報酬を決めるタイミングなどに合わせて、次のような棚卸しをおすすめします。
- 各役員の実際の出社日数・業務時間・担当業務を書き出す
- 役職(常勤・非常勤)と実態が合っているかを確認する
- 報酬額が働きに見合っているか、扶養の基準との関係はどうかを確認する
- 変更が必要なら、決議・議事録・報酬改定を専門家と一緒に進める
役職の見直しは、書面の手続きと働き方の整理が中心で、大きな投資を必要としない施策です。一方で、社会保険と税金の両方にまたがるテーマであり、基準となる金額や運用は制度改正で変わり得ます。自社に当てはまるかどうか、いくらの効果が見込めるのかは、必ず税理士・社会保険労務士など専門家に確認したうえで進めてください。